ブラッディメアリー
今、僕はある浜辺を歩いている。
この片田舎の知らない浜辺を歩く・・・などという状況が、現実のものなのか、夢の中でやっていることなのかが、まだつかめていない。
だけど歩いているのだ、この砂浜を。
間違いなく・・・ とぼとぼと。
恋人が1週間前に行方不明になった。
結婚を約束していた女性。
彼女はこの片田舎の出身であることから、いつもこの浜辺の話をしていた。
だからやって来たのだ。
何か手がかりはないかと・・・ のこのこと。
ふと見上げると、大きな看板が目に入った。
「海の家」とデカデカと掲げられているそれ。 「冬場は営業していないはずだよな。」と、ひとりごと。
だが、どうもその看板に引き寄せられた僕。 小走りにそこまで行って、目を疑った。 看板・・・ 看板なのである。
そこには「海の家」と書かれた看板。
その下に小さく、本当に小さな文字で「・・・と思ったら大間違い~!ハイ、アナタも騙されました。此処は年中やってるよ~ん!」などと、ふざけたことが書かれていた。
「なんなんだ、一体?」 気づくと、その店はやっていた。
店? 今、僕、店って言ったな。
家じゃないのか? などと、くだらないことを思う。
まぁ、営業・・・「業」というからには「店だよな・・・。」 その「店」から流れてくるBGMはどうやらガムランというもののようであった。
普段は耳慣れない音楽だ。
そして、僕はまたさっき見た看板をしげしげと眺める。
「ん?」 看板にはこうも書かれていた。
「年中やってるよ~ん!」の後にさらに小さな文字で「東インド会社 改め 株式会社インドハム」と。 「なんなんだ、一体?」 そーっと店に入ってみた。
「お帰り!」と声をかけられた。 女だ。
髪は白髪、ショートカット、その大きな口には赤いルージュ。
まるで人を食ってきた後のような? 人って食えるのか? ・・・まぁ、いい。 カニバリズムの話をしてもしょうがない。
とにかく、その女は妖怪のような、それでいて、よく見ると白髪なのにベビーフェイスだった。
僕は「は?」と聞き返した。 「だからぁ~、お・か・え・りっ!!!」 「ここは初めて訪れたのですが?」 その女はこう言った。
「私はさー、お客さんにはいつもおかえりなさいって、声をかけてんのよ。いらっしゃいませって言ったら、めちゃくちゃ商売っぽいじゃん!おかえりって言うとさー、なんだかほっとすんじゃん?」 「はぁ・・・。」
この女の自己満足の世界だな・・・と思った。
「で、何すんの?」
「は?」
「客として来たんでしょ?」
「・・・。」 なんだか看板が気になるので、覗いただけとは言えなかった。
「メ、メニューってありますか?」
「メニューなんかないっ!酒ならたいてい何でも揃ってるし。だけどここはさー、サンドイッチとおにぎりのお店なんだよ。」
「は?」
コンセプトが見えないんですけど?
「じゃ、じゃあ!サンドイッチを。」
「飲み物は?水ならタダで好きなだけ飲めばいいよ。私は押し売りは嫌いだからね。」と言いながらも、その女の右手の人差し指はアイラのウイスキーのボトルを指差している。
なんなんだ?そのわざとらしさは・・・。 「あ、じゃ、そのウイスキーを。」
実は僕はアイラの酒が好物なのだ。
しばらく待って出てきたアイラのストレートとサンドイッチ。
「あの~。アイラ、ロックにして欲しかったんですけど。」
「え゛ーーー?」
その女の「えーーー?」が、濁点である。
いやな感じ。
めんどくさそうに「はいよっ!」と丸氷とロックグラスが出てくる。
このめんどくさそうな女が丸氷を作って準備しているなど考えられない。
しかもこのグラス、やけに重厚だな。
見ると、バカラじゃないか!
「いや、偽物だな、絶対。あるわけ・・・ない、ない。」
そんなことを思っていると、間髪いれずにその白髪鬼・・・もとい、彼女は言った。
「アンタ、今、このグラス、上等なもんかも?とか思ったでしょ?」
「い、いえ。」
「ウソー!絶対思った。ねぇ、ねぇ~。」
「なぜ、そんな風に思うんですかっ?」
「だって、私、サイキックだもん。」
「え゛?」
今度は僕が濁点付の「え」だ。
気を取り直して、サンドイッチを口にした。
「う、うまい!」
「でしょお~?でもね、本当はホットドックのほうがもっとおいしいのよ、ここは。」
「へ?」
今の僕の顔は世界中で一番マヌケな面がまえだったと思うほどに、呆れていたと思う。
「だからぁ~、インドなのよ、ホットドックは。」
「え?意味わかんないんスけど。」
「ホットドックってやっぱりキャベツをカレー粉で炒めたやつを入れなきゃダメってこと!」
こ、この女、カレー粉とインドをこうも簡単に結びつけただけの感覚的な会話・・・。
超イージーな女。
いいかげんな会話。
「ちなみに(聞きたくもなかったが)東インド会社っていうのは何ですか?」
「ああ、あれ?あれは昔・・東インド会社っていう雑貨屋をやっていた人がいて、なんかぁ~、超ナイス~な感覚だな、その屋号・・・って思っていたの。で、パクっただけー!」
あえて、インドハムというのは何?と聞くのはよしておこう・・・。
「ところでさー、ブラッディメアリーっておいしいのよねー。」
僕に奢れと言っているのか? 「あ、どうぞ。」
「違う、違うーーーー!」
そんな白髪頭でギャル語かよ!
「お客さんにおススメっ!」
商売上手だな。
この上、まだキツいアルコール度数の酒を飲ませやがるのか・・・。
「じゃ、それも戴こうかな。」
気が弱いのが僕の短所。
「でねー、このブラッディメアリーってお酒はね~・・・」と講釈たれかけた女を、僕はなぜかこれまでのわずか数十分の会話での表現しがたいイガイガと、悔しさ紛れに・・・話を制し、先手。
「血まみれのメアリーって言うんですよねー、知ってます、知ってます。いやぁ~、カクテルって奥が深いっスねー。僕、昔バーテンダーのバイトやってたっスよ。
サボイホテルのカクテルブックも持ってます!!!」
エクスクラメーションびっくりマークを三つもつけたような口調で語気を強くしてやった。
「そう。」 意外と素直だな。
ちょっとは褒めて欲しかったのにな。
ここはおべんちゃらもない店だな。 この女には合ってるな。
「でね。そのカクテルの材料にトマトジュースが使われるのはご承知だとは思うのだけど、うちはね、その材料がちょっと違うの。」
「どう違うんですか?貝のスープなんかを入れたらおいしいのは知ってます。」
「そのジュースがね、特別なの。」
「トマトジュースが?」 女はそれに答えない。
数十秒、経過して女は口を開いた。
「ジュース・・・上等なものが今日手に入ってね。」
「ほぉー。じゃ、それでいいじゃないスか。」
もう、この女の会話には慣れていた。
一杯のカクテルが運ばれてきた。
鮮やかな赤。
これまで見たブラッディメアリーの色とは少し違う。
照明のせいなのか?
美しい・・・ 僕に何かを訴えかけてくるような・・・ 僕を惹きつけてやまない色・・・ この場所に引き寄せられたように・・・ 一口、飲んでみた。
鉄・・・のような味がした。
その白髪の女はこう言った。 「さっき、若い女から”戴いた”フレッシュなジュースだよ。」
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